【コラム】NMP(N-メチル-2-ピロリドン)と保護具の選定
【コラム】NMP(N-メチル-2-ピロリドン)と保護具の選定
【コラム】NMP(N-メチル-2-ピロリドン)と保護具の選定
はじめに
リチウムイオン電池製造や半導体製造、合成樹脂溶剤やコーティング剤など化学工場や研究機関などで主に用いられるNMP(正式名称N-メチル-2-ピロリドン:N-Methyl-2-pyrrolidone)。
弊社お取引先の化学メーカー様にもNMP(N-メチル-2-ピロリドン)を使用されている場面は、少なくはありません。今回はNMPの特性と推奨する化学防護服についてクローズアップし、NMPの用途や人体・環境における危険性、取り扱い時の注意点・防護対策について説明していきます。
以降、文中ではN-メチル-2-ピロリドン:N-Methyl-2-pyrrolidoneを「NMP」と省略します。
NMPとは
N-メチル-2-ピロリドン(NMP)は、窒素を含む5員環有機化合物です。強力な溶解力を持つため、主に溶媒として多岐に使用されています。
正式名称 |
N-メチル-2-ピロリドン (N-Methyl-2-pyrrolidone) |
別称 |
N-メチルピロリドン 1-メチル-2-ピロリジノン |
CAS登録番号(※1) | 872-50-4 |
化審法番号(※2) | (5)-113 |
(*4)
※1
CAS登録番号
国際的に使用されている各化学物質に割り振られた固有の識別番号(*1)
※2
化審法番号
人の健康や動植物の生息・生育に支障を及ぼす化学物質が環境を汚染することを防止する「化審法(後述)」における、化学物質を類別するための整理番号 (*2)
NMPの用途
NMPは主に下記の用途で用いられます。
・リチウムイオン電池の電極塗工液(正極の材料の調製や塗工液の精製)(*3)
・MOS半導体製造用溶剤(表面処理や洗浄)
・化粧品基材(一部化粧品の成分溶解や配合用途。使用には規制あり) など(*4)
NMPは高価でありながらも多くの産業で重要な役割を果たすことから、使用済みのNMPの溶剤は回収・再精製して、再び産業用途としてリサイクルされます。
NMPの危険性
NMPは優先評価化学物質(※3)に指定されており、安全に取り扱うためには適切な作業環境や保護対策が必要です。
※3
優先評価化学物質
化審法による分類で、人や環境・動植物に対するリスク評価を優先的に行う必要があるとして、経済産業省によって告知された化学物質(*5)
人体への影響
NMPが引き起こす人体への影響として以下のような可能性が挙げられます。
目に入ると
赤み・痛み・かすみが生じることがあり、取り扱い時は必要に応じて保護眼鏡・保護面の追加着用をしましょう。
皮膚に付着すると
皮膚刺激や乾燥を引き起こします。長時間の接触時は化学防護手袋・化学防護服など適切な保護具の着用が義務付けられています。
吸引すると
頭痛、めまいなどの症状が現れるため、換気や呼吸用保護具を着用しましょう。
他にも長期的・反復的なばく露によるリスクがあり、神経系、肺、肝臓、骨髄などに悪影響を及ぼす恐れなども指摘されています。以上の人体へのリスクを踏まえ、NMPを使用する際には次章で言及する関係法規制に従い適切な安全対策を行ってください。必要に応じてばく露を最小限に抑える対策を講じることが義務付けられています。(*4・6)
法規制と制限事項
NMPに関し、日本では下記の法令によって規制されています。(*4・*7)
適用される法令 |
分類・指定の内容 |
優先評価化学物質(*4・*7) |
|
第1種指定化学物質(*7) |
|
|
名称等を表示すべき危険有害物 名称等を通知すべき危険有害物 リスクアセスメントを実施すべき危険有害物 (*4) |
揮発性有機化合物(*4・*7) |
|
有害液体物質Y類(*4・*7) |
|
第4類引火性液体(第三石油類水溶性液体)(*4) |
NMP取り扱い時の防護対策
NMPを取り扱う際には皮膚や粘膜に直接NMPが付着しないように化学防護服・呼吸用保護具・化学防護手袋・保護眼鏡・保護面といった保護具の着用が必要です。保管・取り扱う作業場には、洗眼器と安全シャワーの設置も必要です。
NMPの保管時には、酸化剤・炎・熱表面から離し、密閉して換気の良い冷所で施錠管理する必要があり、強酸・強塩基とは激しく反応することから混触も厳禁です。(*4・8)
また、屋外作業に適用される防護対策においては濃度基準値の設定があり、ばく露濃度を基準値以下にすることが義務づけられています。NMPは令和6年度の濃度基準値設定対象物質リストに含まれており、今後濃度基準値が設定された場合、事業者は労働者のばく露される濃度を基準値以下にしなければなりません。(*13・*14)
保護具選定の基本
NMPなど特定の化学物質に関わらず各保護具は、使用する化学物質の性質やばく露の程度に合う製品を選ばなければなりません。
化学物質に合う保護具を選ぶためには、まず「GHS(※4)分類」を確認します。
※4
GHS
「化学品の分類および表示に関する世界調和システム(The Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals)」の略称で、2003年に国連勧告として採択されました。GHS分類は化学品の物理化学的危険性や健康に対する有害性の世界統一基準で分類したもの。(*9 )
GHSの一部の分類では、見ただけでその化学物質の危険性・有害性が分かるよう、標準シンボル(絵表示)が存在します。
NMPのラベルには、「皮膚刺激性」などや「健康有害性」などの絵表示がされ、労働安全衛生規則でも「皮膚吸収性有害物質」に分類されています。この「皮膚刺激性有害物質」は、皮膚に接触することで炎症や刺激を引き起こす化学物質を指します。
NMPに関わらず一部の化学物質は皮膚から吸収・侵入して全身的な健康障害を引き起こすことがあり、これらの化学物質を取り扱う際には、呼吸用保護具及び耐透過性能を有した化学防護服、化学防護手袋などの適切な保護具を選定し、使用することが義務付けられています。また、安全データシート(SDS)や関連規制に基づいて、取り扱い条件や必要な対策を確認し、適切に管理する必要があります。(*4,10)
化学防護服の選定
化学防護服は、大きく下記の3種類に分けられます。
・気密服:全身を防護し、内部の気密性を保つ
・密閉服:全身を防護し、外部の有害化学物質が内部に侵入しない
・部分化学防護服:身体の一部の防護に特化する
NMPは皮膚から吸収・侵入して健康被害を及ぼす化学物質であるため、作業内容に合わせて皮膚に直接付着しない化学防護服を選定しましょう。
化学防護服は、日本産業規格「JIS T 8115」によって、下記のように定義されています。(※5)
※5
化学防護服
酸、アルカリ、有機薬品、その他の気体及び液体並びに粒子状の化学物質を取り扱う作業に従事するときに着用し,化学物質の透過及び浸透の防止を目的として使用する
アゼアス株式会社の提供する「防護服の知恵 ケミカルデータベース」は化学防護服、手袋、長靴などの化学物質に対する耐透過性試験データを検索可能です。
弊社データベースを活用することで、作業現場で取り扱う特定の化学物質に対して、どのような保護具が適切かを判断する際に役立ちます。
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呼吸用保護具の選定
NMPの有毒性は長期的または反復的にばく露した場合に、神経系統や肺などの呼吸器に影響するため呼吸用保護具の選定も重要になります。
呼吸用保護具には、有害物質をろ過する構造の「防毒マスク」や、外部から呼吸用空気を送り込む「送気マスク」などがあります。
ろ過式の呼吸用保護具の場合、作業環境の空気で呼吸をすることになるため、酸素濃度18%未満の環境では使用できません。作業内容や化学物質の濃度によって使用できないこともあるため、リスクアセスメントに基づいて適切な選択が必要になります。(*11)
化学防護手袋の選定
化学防護手袋の選定では、取り扱う化学物質の種類・ばく露の程度・作業時間によって、化学防護手袋を透過してしまうことに注意しなければなりません。
具体例としては、『厚生労働省 皮膚障害等防止用保護具の選定マニュアル』の結果によると
手のひら全体でNMPに触れるような作業を240分を超えて行う場合に耐用しうる手袋の素材は、NMPをはじめ多くの有機溶剤に対して優れた耐性を持つブチルゴム(0.35mm)・バリア性能に優れながら軽量で作業性を損なわない多層フィルム (LLDPE)0.062mm・溶剤に対して耐透過性能に優れ着用感のよい多層フィルム(EVOH)0.06mmなどです。(*12)
※化学防護手袋の適切な選び方については厚生労働省『皮膚障害等防止用保護具の選定マニュアル』→保護具選定耐透過一覧を見たいより作業内容・作業時間と照らし合わせて選定してください。
※市販の流通している化学防護用の手袋のパッケージやwebサイトにも防護可能な化学物質が記載されています。参考にしてください。
→詳しくはこちらでも紹介しております 「化学実験用手袋の耐薬品性」とは
おわりに
今回はNMPの特性と推奨する化学防護服などについてクローズアップし、NMPの用途や人体・環境における危険性、取り扱い時の注意点・防護対策について説明しました。
NMPは産業の発展になくてはならない重要な化学物質ですが、同時に健康被害を引き起こしかねない有害性も持ち合わせています。
法令や事業者の義務をしっかりと遵守し、労働者の安全・健康を守れる環境・設備を整備した上で、利用するようにしてください。
参考文献---------------------------------------------------------------------------------------
NMPとは
■NMPの利用用途
*1 連載:情報科学技術に関する識別子 第 15 回 化学物質に固有の識別番号 CAS 登録番号(CAS RN®)について 待田 尚子
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/71/7/71_329/_pdf
*2 経済産業省 化審法について(概要・総論)
https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/kasinhou/qa/answer.html
NMPの危険性
*3福井大学 産学官連携本部 本部長・教授 米沢 晋 「高濃度スラリーの作製とLIB電極作製への応用」(科学技術振興機構内)
https://shingi.jst.go.jp/pdf/2023/2023_u-fukui_001.pdf
*4 厚生労働省 職場のあんぜんサイト 安全データシート N-メチル-2-ピロリドン (別名: N-メチルピロリドン)
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/872-50-4.html
*5 nite独立行政法人 製品評価技術基盤機構 優先評価化学物質について
https://www.nite.go.jp/chem/kasinn/ippan_todokede/yuusenhyouka01.html
■人体への影響
*6 環境省 保健・化学物質対策 報告書 化学物質の環境リスク評価 第8巻 [47] N-メチル-2-ピロリドン [PDF]
https://www.env.go.jp/chemi/report/h22-01/pdf/chpt2/2-2-2-47.pdf
法規制と制限事項
*7 環境省 化学物質情報検索システム ここから探せる化学物質情報 ケミココ
https://www.chemicoco.env.go.jp/detail.html?=&chem_id=1061
NMP取り扱い時の防護対策
*8 厚生労働省 職場のあんぜんサイト 労働衛生保護具 (呼吸用保護具、保護具手袋、保護メガネ)
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/pdf/taisaku/common_PPE.pdf
*13 令和6年度 化学物質管理に係る専門家検討会報告書
https://www.mhlw.go.jp/content/11305000/001452321.pdf
*14 令和6年度 化学物質管理に係る専門家検討会報告書 別紙
https://www.mhlw.go.jp/content/11305000/001452324.pdf
■保護具選定の基本
*9 厚生労働省 GHSとは
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/ankg_ghs.htm
*10 厚生労働省 皮膚障害等防止用保護具の選定マニュアル 第 2 版(暫定版) 2025 年 2月 内
労働安全衛生規則第 594 条の2(令和6年4月1日施行))及び特別規則に基づく不浸透性の保護具等の使用義務物質リスト
https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001164701.xls
■呼吸用保護具の選定
*11 厚生労働省 職場のあんぜんサイト 安全衛生キーワード
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo16_1.html
■化学防護手袋の選定
*12 厚生労働省 皮膚障害等防止用保護具の選定マニュアル→保護具選定耐透過一覧を見たい
www.mhlw.go.jp/content/11300000/001216988.pdf
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